自殺が「自死」という言葉に変わる3つの意味
言葉の大きな力
島根県では自殺という言葉を改め、自死を使うようにしたとのことです。
言葉の力は大きいです。
認知行動療法も言葉の力で治療をします。
人間の思考も言葉で出来ていますので、言葉によって思考も左右されます。
日本語と英語では性格が変わる、という人もいます。
言葉が変わることによることで何が変わるか考えてみました。
自死に変わることでの変化3つ
①話題に出しやすくなる
自殺について聞き出すことが予防には必要です。
また、自殺を聞き出すことで自殺の危険率をあげること無いこともわかっています。
自殺という言葉から自死に変わることで本人や家族にとっても言いやすくなる部分があると思います。
②「殺す」という言葉が無くなることで、偏見も減る。
理解していても、言葉の持つ影響力は大きくイメージを持ってしまいます。
自殺は犯罪ではない、と言いつつも殺すという言葉が入ると、犯罪行為のようなイメージが加わります。
自殺をしてしまった方の家族にとって、「自殺」という言葉の響きは強く
家族を失った悲しみに加え、偏見とも向き合わなくてはなりません。
③殺すという意味が消えることで、罪の意識は失われる可能性もある
良いことばかりではありません。
キリスト教では自殺は罪であると言われます。
自殺が自死になることで罪というニュアンスが薄まる可能性も否定は出来ないでしょう。
とはいえ、自殺を自死と表現することはわたしは賛成です。
専門用語としては希死念慮という言葉を使いますが、解りやすくはありません。
実際の診察でも自殺という言葉はなんとなく口に出しにくい言葉ではあります。
しかし、自死だからといって自殺の問題が軽くなる訳ではありませんし、
言葉を変えることのデメリットも見ていく必要があるでしょう。
問題にたいする名前の与え方で、取り組み方も変わってくることもあると思います。