アクセプタンス、不安を解消するだけでは苦しみからは抜け出せない

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不安の性質と終わりなき戦い

 

【不安】の解消法はいろいろと紹介してきました。

大事な事は回避をなくして暴露を心がける事です。

不安は向き合うと弱まり、顔を背けると強まります。

 

不安を解消するためには

 

【認知行動療法】をやっても不安は無くならなかった。

そう簡単に不安が無くなれば苦労はしない。

やってもやっても上手く行かない。

そんな人が多いかもしれません。

 

実は不安と言うのは解消するのは不可能なんです。

解決の方法を説明していながら無責任に思われるかもしれませんが

事実として不安は解消されません。

 

もう少し正確に言うと

解消を目的としている限りは不安は解消されないです。

 

不安のやっかいな性質

 

不安は厄介です。

実際に存在するものでは無いため、捉えどころがありません。

考えまいとすればするほど不安は増大します。

 

むしろ不安を増やす一番の効果的な方法は

何もしないでじっとして不安のことを必死で考えないようにする事です。

不安を解決するためにとられる一番多い方法が最も不安を悪化させる。

そのようなあまのじゃくな性質をしています。

不安を考えないことの難しさを禅の修行の例で説明します。

 

禅の修行

 

禅の修行は只管打坐、

無心でただ座り続ける事です。

これが修行の全てでもあります。

完成された人が必死で成し遂げられる修行です。

少なくとも私は到底出来ません。

もしかすると、最終的に無心になる事など不可能だ、悟ることになるのかもしれません。

 

何もせず、不安を解消すること、これは不可能に近い修行です。

それが不安で苦しんでいる時に出来るでしょうか。

無理でしょう。

何もしないのが悪いのなら、気をそらせば良いのか。

皆さんお気づきのように気をそらそうと思ってもそらせません。

禅の修行にも座るだけでなく、掃除しながらでも座禅できると言われます。

気をそらす事があったとしても、不安を解消するのは簡単ではないということです。

 

 

アクセプタンス(受容)という考え方

 

そこで重要になってくるのはアクセプタンス(受容)という考えです。

この考えも持ち出すと気分を害しやすいです。

良い方法はないから、我慢すれば良いというのか。

アドバイスがきかないから、受け入れてない私が悪いというのか。

当然の反応です。

受け入れようと思って受け入れられるなら相談にはいきません。

 

アクセプタンスとは

 

アクセプタンスとは

不安があってもしたい事をしていくことです。

これは気をそらすのとは違います。

同じ音楽を聞くでも気をそらすときは、不安を押さえることが目的ですが

アクセプタンスでは不安があっても聞きたいから聞く事が目的です。

この違いはとても重要です。

 

暴露とアクセプタンスの両輪で走る

 

ではどうすれば良いのか。

暴露とアクセプタンスのバランスが大事です。

アクセプタンスだけでは不安は解消しません。

暴露して不安を減少させる事は必要ですがそれだけでは解決しません。

 

暴露で不安を少しでも減少させたらアクセプタンスでしたい事をする。

アクセプタンスで不安ばかりにとらわれなくなったら、もう少し暴露してさらに不安を減らす。

 

この繰り返しで少しずつ不安がおさまり、自分のしたい事を出来るようになっていきます。

今回は不安の解消に暴露と同じくらい大事なアクセプタンスについての説明でした。

 

何もせず、不安を解消が出来ればそれこそ仏様です。

それが不安で苦しんでいる時に出来るでしょうか。

無理でしょう。

 

 

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